2008年3月16日 (日)

新銀行東京

 新銀行東京の問題に関する石原都知事の一連の発言、何だか太平洋戦争に突入していったときの軍部や内閣の対応と二重写しに見えてしまいます。ずるずると破局に陥ってしまう前にブレーキをかけられる人はいないのでしょうか。

 900億円の累積赤字とか、破綻処理には1000億円かかるとか、あまりにも大きな額で庶民には想像も着かないのかも知れませんが、東京都の出資金額合計1400億円を都税の納税者数約650万人で割ると一人当たり2万円強となります。

 まず都民の代表であるはずなのに、旧経営陣の責任についての調査報告書の全文公開や参考人招致にさえ応じようとしない自公議員もさることながら、都民の声がまったく聞こえてこないのが不思議です。

 自分たちが選んだ都知事だからと言って東京の人たちは、ただ指をくわえて見ているだけなのでしょうか。自分たちもテレビの言うがままに、最先端の流行に群がり、(私から見れば)無駄遣いをしまくっているので、2万円くらいは仕方がないと言うことでしょうか。

 あれだけの高い支持を得て当選した石原都知事ですから、野党がいくら声を張り上げ、メディアがいかに面白可笑しく伝えようと、都庁を取り囲むようなデモでも起きないかぎり絶対にいまのやり方を貫くのでしょう。

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2008年3月10日 (月)

ひとりにひとつずつ

”一人にひとつずつ 大切な命”のフレーズ、生命保険のコマーシャルにしておくにはもったいないな、でもどこかで耳にしたことのあるいい曲だななどと思っていつも聴いていました。

昨日の”NHKのど自慢”をみていてわかりました。ゲストのいるかが歌っている「まあるいいのち」という曲のさびの部分だったのですね。もう30年も前にいるかが作り、この30年間ずっと幼稚園や小学校などで歌い継がれてきた曲だと徳田アナが紹介していました。

”一人にひとつずつ 大切な命”、戦争と平和、医療や福祉、老齢化や環境等々、世の中の全てのことを考えていく上で忘れてはならないことです。それ以外の歌詞も固定観念に捕らわれない、差別や狂信とは対極のことをやさしく歌っており、本当にいい唄ですね。



まあるいいのち

ぼくから見れば小さなカメも
アリから見ればきっと
大きなカメかな?

みんな同じ 生きているから
一人にひとつずつ 大切な命

ぼくから見れば大きな家も
山の上から見れば
こびとの家みたい

みんな同じ 地球の家族
一人にひとつずつ 大切な命

ぼくから見れば東と西も
よその星から見れば
丸くてわかんない

みんな同じ宇宙の仲間
一人にひとつずつ大切な命

二つの手のひら ほほにあてれば
伝わるぬくもり まあるいいのち

二つの手のひら ほほにあてれば
伝わるぬくもり まあるいいのち

ララララ ララララ
ラララララララ

ララララ ララララ
ラララララララ…

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2008年2月11日 (月)

岩国市長選

 岩国市長選は残念ながら僅差で井原前市長の敗北に終わってしまいました。どんなに接戦でも1票でも上回って井原市長を引きずり下ろしさえすれば、この国を今牛耳っている大きな力を持った人たちにとっては大勝利のはずです。今後米軍再編に伴う地域住民の抗議の声は今回と同じような方法でかき消されていくのでしょうか。

 一方今回の真っ二つに別れた票数からは岩国の人たちの呻吟が聞こえてくるかのようです。井原前市長に投票した人たちも、ひたひたと伝わってくる大きな力に不安を覚え、”夕張のようになるぞ”などという脅しの言葉に心中穏やかではなかったはずです。また福田前衆院議員に入れた人たちも決して米軍基地を有り難がってなどはいないはずで、それぞれの心情は紙一重の差なのだと思います。それだけにそんな状況を作り出した、米軍再編やそれに盲従する政府、再編交付金などというえげつないやり方に怒りを覚えます。

 防衛省は三十三にのぼる自治体に米軍再編交付金の交付を指定する一方で、今回の岩国市や、沖縄県名護市など基地再編を受け入れていない自治体は排除して兵糧攻めにしようとしています。支配する”上”の側からは当然のいわゆる”アメとムチ”ということなのでしょうが、地方の財政危機につけ込んだ姑息なやり方としか思えません。その指定が恣意的なことは、今でも政府案の修正を求めている名護市に対して、岩国市長選の直前に一転して交付金を支給することを政府が決めたことでも明らかです。

 米軍基地の再編がそんなに大切なら、その理屈を実際に生活に影響を受ける地域の小さな人間たちに判りやすく、根気よく説明することが、大きな力を持つ”上”の人間たちの義務ではないでしょうか。彼ら”上”の人間たちの目は一体どこを向いているのでしょうか。彼らの中には”愛国心”をよく口にする方が多いようですが、その”国”とは”彼らの体制”のことであって、そこに住む小さな小さな”下”の人たちのことは芥子粒ほどにも見えていないのではと思ってしまいます。

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2008年2月 8日 (金)

右翼は何をしている!

 岩国が今、対米従属しか頭にないこの国の支配権力に押しつぶされそうになっています。もちろん投票結果はまだ出ていませんが、岩国市民ではない私にも国家権力の重圧がヒシヒシと伝わってくるような重苦しさです。ただ考えてみればこれは我が物顔で世界に厄災をまき散らしているモンスター=アメリカの世界戦略の一環に過ぎません。アメリカに対して何の物言いもできず、ひたすら自国民に忍従を強いる政府のやり方には強い怒りを覚えます。

 この怒りは日本人(*この国に住む人の総称として使っています)としての根源的な怒りです。ここで強く思うのですが、右翼と称する人達はこの事態をどう考えているのでしょうか。井原市長や岩国の人々の主張は何ら思想的なものではありません。日本人なら誰もが納得できるものです。

 その日本人なら当たり前の主張をあろう事かこの国の政府が外国の片棒を担いで押しつぶそうとしているのです。ここで行動せずして何が右翼ですか! 全国から馳せ参じて米軍基地を取り囲むぐらいのことが何故できないのでしょうか。

 そういえば右翼が米軍基地に斬り込んだとか、基地の周辺で街宣活動をして問題になったなどと言う話はとんと聞きませんが、彼らは米軍基地が厳然としてこの国にあるということをどう捉えているのでしょう。もし米軍再編の方が岩国市民、ひいては日本国民より大切だというのなら、それは右翼なんぞではなく単なる体制擁護派ということでしょう。

 つまらない理屈をこねてしまいましたが、心ある右翼の方々、岩国市民の応援を切にお願いします。

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2008年2月 1日 (金)

大阪府知事選に思う

 大阪府知事選の結果には少々驚きました。忙しい日々が続いていて、どの候補が優位に選挙戦を戦っているかなどの情報は全く持ち合わせていませんでした。私の知る限りにおいての橋下弁護士のこれまでの言動やテレビでの振る舞いからは支持する気にはとてもなれませんでしたし、それがわかりさえすれば人々の支持も露と消え去るだろうと考えていましたが、蓋を開けてみればダブルスコアとは恐れ入りました。

 私が嘆いていると、妻は平然と「だって、後の人は全然知らないもん。通るの当たり前やん。」と言ってのけました。かねがねB層を自任している妻ですが、案外そんなところなのだと思います。結局はテレビ的にうまく演出ができる人、そういう意味での”タレント”がこれからますます幅を利かしていくのでしょう。テレビでは橋下候補の応援演説にやってきた東国原宮崎県知事の映像も流していましたが、大阪府政もこれからはテレビのワイドショーの定番と化するのでしょうか。

 テレビといえば、昨年末に放送されたNHKの「ワーキングプアIII」のビデオを一人での昼食時に少しずつ見ています。妻とも最初は一緒に見たのですが、「食事の時にはあまり見たくない」とのことでしたので…。それでも妻は”ワーキングプア”について一生懸命友人達に語ってくれているのですが、子供の小学校時代からの茶飲み友達(50歳前後)、習い事関係の友達(60歳前後)、うちの診療所で働いてくれている方々(30代から60代)、誰一人この番組は見ていませんでしたし、所詮私の受け売りでは番組の意図する所は伝わらなかったようです。一方この中の少なからぬ人々から雪の中を一晩中歩き回って厳冬の夜を凌いでいるというホームレスの話題が出たそうです。妻に言わせると”朝の忙しい時間帯に2時間にもわたって放映されている”民放のワイドショーの一コマだったようですが、たいていの人がその日の話題のひとつとして共有していたようです。もちろんその感想も異口同音に「あのホームレスの人は朝まで歩き通せたかしらね?」。

 結局テレビの持っていき方次第です。同じような話題でも一方では鋭い社会批判にもなることが、他方ではその日のうちに消費されてしまう話の種でしかありません。先に挙げた人たちは実直に生活されているごく普通の方々ですが、テレビの言うことは疑うこともなく素直にそのまま受け止めてしまいます。最近コマーシャルが目立つ”飲むヒアルロン酸”の健康食品、効くはずもないのですが、妻がその事を話しても「あんなに朝早くから何回もコマーシャルをしているのだから、嘘のはずがないわ。」との答えが返ってきたそうです。この方も含め、みな例の”納豆ダイエット”の経験者です。騙されても騙されてもテレビの言うがままです。

 この方々の橋下弁護士評は私が妻に予想してみせたとおり「何かやってくれそう」でした。私はこの方々を露ほども非難する気はありません。もちろん馬鹿にする気も毛頭ありません。皆妻の大切な友達ですし、私自身も五十歩百歩の所にいるのだと思っています。ただテレビを見れば見るほど自分の頭で考える力が無くなっていき、昔の人ならその人生の過程で培われてきた常識に照らし合わせて簡単に嘘だと喝破できたようなことも、「テレビがこう言っているから…」と簡単に騙されてしまっていることが悔しくてならないのです。もちろん橋下弁護士が大阪府民のために粉骨砕身して下されば言うことはありませんが、そうしようとしまいとテレビとの蜜月関係を維持さえできていれば今後二選も三選も楽々してしまうのでしょう。

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2008年1月 1日 (火)

謹賀新年

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2007年12月13日 (木)

ある軍医の告白…生体手術演習

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 全国保険医団体連合会の雑誌「月刊保団連」の12月号の特集は「あらためて不戦の誓いー軍医たちの記録」でした。忘年会から帰宅しほろ酔い加減の私でしたが、「戦地中国人 生体手術演習の実相」の手記を読み進む内に酔いなどいっぺんに覚めてしまい、眩暈と嘔気を催おしてしまいました。雑誌には手記の執筆者の詳しい履歴が顔写真とともに掲載されていますが、ここではある私立医大を卒業後、軍医として第二次大戦に参加し戦後は都内の診療所長などを歴任した方とだけ紹介しておきます。

 長文になりますが、以下にその一節をまるごと引用します。内容が内容ですので気の弱い方は読まれない方がよいかと思います。

生体手術演習  第二次大戦に際して私は、中国戦線に従軍し、生体を手術演習に使い、中国人捕虜を殺害するという医学犯罪を犯した。  1942年2月1日、私は日本軍が占領していた山西省南部の潞安(ルーアン)陸軍病院に軍医中尉として赴任し、伝染病科を受け持った。太平洋戦争開始の時であり、さらに将校という身分を与えられ、拳銃を持ち、軍刀を下げて意気揚々で、中国人を劣等視するだけでなく看護婦や衛生兵を見下していた。  赴任して1か月半、病院長から「手術演習をするから参加するように」と何気ない調子で命令された。ドキリ! 生身の体を切り刻むのだ! 拒否したい感覚が体内を走ったが、軍命令であり従うより仕方なかった。医学生時代に先輩軍医から、戦争へ行ったら生体解剖をやらねばならないと聞いていたが、その時は気味が悪いと感じただけで非難する感覚は抱かなかった。日本軍のすることは正しいと盲進していた。  解剖室に向かう足取りは重たかったが、皆の前で見苦しい真似は見せられないと自分を励ました。  解剖室には、手術演習する第36師団の軍医8人、指導する病院の外科軍医2人、器械出しの若い日赤の看護婦2人、36師団軍医部長(大佐)、病院長(中佐)、それに私たち新参の病院の軍医5人、古参1人、衛生兵4〜5人がいた。  被害者は2人、1人は、見るからに八路軍の若い兵士、すっきり立って縛られた両手を下げ、考えているよう。もう1人は中年の百姓風、アイヤアイヤと泣きながら縛られた両手を前に突きだしていた。室内は、そんな情景を無視して談笑にふけっていた。皇軍勝利のための生体手術演習だ、同情など許さないとの空気だった。不幸にして捕虜になったこの2人は、裁判もなく実験材料として切り刻まれる。  手術演習を開始。クロルエチルで麻酔を施し、まず、盲腸の摘出演習。盲腸で死ぬ人間が多かったので訓練が必要だった。次に、腹部を大きく切開して、腸の切断と吻合手術の演習。腹部に銃弾が入ると腹膜炎で死に至るので、手術できなくてはいけない。四肢切断の演習も行った。介助していた私は、良い機会とばかりに気管切開をやってみたくなった。気管切開器を喉頭に突き刺すと、空気が混ざった真っ赤な血が噴き出した。胸部損傷のときには気管が詰まるので、習得が必要な施術だったが、私はその人の顔つきを一生忘れられない。  手術演習は1時間以上経過して終わった。農民は死んでいた。若い兵士は呼吸をしていたため心臓内注射の実験台に使い、その後、息を止めるために空気を注入。それでも死なないので、全身麻酔に使った残りを注射し、殺した。死体は穴に放り込んで処理するよう衛生兵に命じた。  私が潞安(ルーアン)陸軍病院にいた3年間に、10人の中国人に5回にわたる手術演習を行ったと記憶している。最初は恐る恐る、次は平気で、3度目は自分からすすんで手を出した。初年次衛生兵の教育に解剖学を引き受けたときには、私自身の思い付きで憲兵隊から捕虜1人を受領し、麻酔して胸腹部を切り開き、臓器を展示したことがある。教育用の図譜や模型もあったが、初年兵に戦地の度胸をつける目的で実施してしまった。  なぜ、手術演習が必要だったのか。戦線が拡大して、第一線部隊では軍医の頭数を揃えるのが精一杯で、救急手術のできる外科医がほとんどいなかった。作戦出動に支障を来すので、外科以外でも軍医であれば手術できる軍医を速成し、前線に送り込まなければならなかった。その材料に生身の中国人を使ったわけである。
 まさに悪魔の所業としか思えない、信じたくない内容です。731部隊のことや九州大の生体解剖事件のことは知っていましたが、同じようなことが”生体手術演習”という名のもとにもっと広範囲に行われていたことを知り愕然としました。手記の著者は自ら受けた機密命令から推察するに、このような”生体手術演習”は北支全体で行われ、関わり合った軍医は相当な数に上るのではないかと述べています。

 戦争はかくも人間を悪魔にしてしまうものです。当時も今も、かりにも医の道を志したものなら何よりもまず人命を第一に考えることに変わりはないはずです。にもかかわらず虫けらのように中国人の命を奪った軍医たちの行為はどのように理解すればよいのでしょうか。
 
 この件に関わった軍医が誰一人として語らない、話さないことについて著者は「戦争で当たり前のこと」「命令されただけだ」として罪悪感を抱かないため、記憶にも残らないからだと説明しています。実際、著者が抑留後11年たって帰国し再開した戦友の軍医は、著者に言われて初めて思い出し真っ青になってしまったそうです。

 私自身に置き換えて考えてみると、”生体手術演習”をする自分はさすがに想像できませんが、戦争という残酷な運命に巻き込まれたとき、目の前で行われている”生体手術演習”を命を賭して止めさせることができるかどうか…。

 戦争は始まってしまったらもうどうしようもありません。大きな力にあっという間に飲み込まれてしまいます。戦争をしないことが人間の幸福の最低条件です。

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2007年11月21日 (水)

早わかりテロ特措法

テロ特措法のビラ、「早わかりテロ特措法」を作りました。リンクをクリックしてPDFをダウンロードできます。

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民主党小沢一郎代表の裏切りは、民主党による政権交代が必ずしも平和憲法を守る手だてにはならないことを私に思い知らせてくれました。それどころかもし彼の野望が日の目を見ていたら、今頃は自衛隊を海外に派遣する恒久法の成立が時間の問題になっていたでしょう。国連の指揮下であろうと無かろうと自衛隊が海外で戦闘を始めたらもう憲法9条は有名無実となってしまいます。

改憲を目論む人たちは今までも既成事実を積み重ねることによって、じわじわと憲法を貶めてきました。だからこそテロ特措法の存廃は今後の改憲の流れに大きな影響を与えると思います。しかるに各種世論調査で賛成の人が4割前後もいることにとても心配しています。もちろん態度を決めかねている人たちもまだ多いのですが、世論調査の度にじりじりと賛成派が増えてきているような気がします。

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これには「国際貢献」だの「世界から評価されている」だの「国益」だのという政府・与党の宣伝がある程度効果を上げているのではないかと思います。先日も自民党の伊吹文明幹事長がテレビで「給油活動は国際的に高い評価を受けており、それを続ける事で他の国からも尊敬される云々」の発言をしていましたが、このような詭弁に影響を受けて”何となく賛成”という人が多いのではないでしょうか。

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何故詭弁かというと、戦争をしながらの「国際貢献」などあり得ないと思うからです。”貢献”しているのは親分の国に対してであり、”評価”を受けているのも親分の国からです。戦争の相手や戦場になっている国にとっては憎悪と復讐の対象でしかないでしょう。「国益」にしたって財政危機に瀕して、医療費や年金を削られ、消費税の値上げを脅されている庶民にとっては、血税を湯水のように使われる米艦への給油活動は”国益”どころか”苦役”でしかありません。

このようなテロ特措法の実態を知ったらもっと反対する人が増えるのではと考え、「早わかりテロ特措法」というビラを作りました。どうぞ御利用下さい。

Jcar

ビラにも書きましたが、平和国家日本が戦後営々として作り出してきた製品や文化こそ真の「国際貢献」だと私は思っています。質の高い日本製の車や家電品は世界中の人の役に立ち、間違いなく”国際的な評価”を受けていますし、アニメやマンガは今や世界中の人々を楽しませています。テロ特措法のような”国際貢献”はまやかしです。

Dragonball

ビラをダウンロードする。

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2007年11月10日 (土)

みんなを騙すためだったん?

Ozawa

私が「小沢一郎に騙された!」と言うと、かみさんから「あの全国行脚はみんなを騙すためだったん?(原語のまま)」との返事。政治関連の話題に疎い妻にもあの地方まわりの全国行脚は印象深かったようです。

毎日のつましい生活がいつの間にか苦しくなり、気がつくと将来の展望も見いだせなくなってしまったことに、この国の少なからぬ人々が気付き始めています。金まみれの醜い姿を厚化粧と下品なブランド物で包み隠した”東京”をテレビのモニター越しに見ながら、私たちは大きな違和感を覚え始めています。そんな時、飾らぬ姿で山間地を遊説して回る小沢さんの映像を見て、この人なら地方の惨状をわかってくれる、生活を第一に考えてくれると考えて参院選の一票を投じた人も多いはずです。

その”東京”発のテレビから、ひがな放出される文字通りの”笑”気ガスに思考力を麻痺させられながらも、この国がアメリカに盲従した果てに遠い異国でアメリカのために戦わされようとしていることにそこはかとない不安を感じていた人々も、テロ特措法へ反旗を翻した小沢さんに胸のすく思いを抱いたはずです。アメリカに楯突く小沢さんの身の安全を心配した人も少なくなかったでしょう。

Nabetune

それが何で”大連立”なんでしょう。それは政治家には権謀術数が必要なこともあるかも知れませんが、何よりも大切なことはやはり信用だと思います。信頼できない政治家に誰が付いていくでしょうか。何で翼賛政治を持ちかけ、そのためには今の小選挙区制度(良い悪いは別にしてですが…)もまた変えてしまえと平気で持ちかけるような男の口車に簡単に乗ってしまうのでしょうか。

百万言を費やしてもやはり今度のことは「裏切り」以外の何物でもないと思います。小沢さん、やっぱりあの全国行脚は私たちを騙すためだったんですか?

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2007年11月 1日 (木)

戦争の臭い

Beheiren

 小田実の本「中流の復興」を読んでいます。学生時代に読んだのは「世直しの倫理と論理」だったでしょうか。もう覚えていません。「殺される側の論理」などという言葉が蘇ってきました。この言葉今も少しも色あせていません。それどころかますます今の世界では強いメッセージを発しています。

 序章「被害者にも加害者にもならない未来へ」を、小田は”戦争の臭い”という表題で書き始めています。”戦争の臭い”とはすなわち死体の臭いです。当時中学生だった彼が焼け跡の片付けに動員され、がれきの中から引きずり出した腐った死体の臭いのことです。これは強烈な印象として残り彼は戦後食料がない時代にも配給されたあるものの缶詰がどうしても食べられなかったそうです。小田実があくまでも「殺される側」の視点を持ち続けてその後の平和運動を続けていったことのこれが原点だったのでしょう。

 この夏NHKで旧日本軍の南洋諸島やインドシナでの悲惨な戦いを既に齢80代になられている当時の兵士の方々の証言で綴る特集シリーズを放送していましたが、実際に戦地で戦った兵士達の悲惨さは想像を絶するものがあります。この世の地獄のような証言でした。彼らが今までなかなか重い口を開かなかった理由がよくわかります。彼らは「殺される側」でもありまた「殺す側(実際に手を下して殺すように命令される側)」でもありました。とくに「殺す側」としての行為は家族にさえ話さず墓場まで持って行こうと思っている方が多いのではないでしょうか。

 戦争とはそれに巻き込まれた一人一人の庶民にとっては、テレビや新聞のニュースなどではなく、ましてや歴史書や教科書上の出来事ではありません。自分自身や身近な人の死であり、あるいはまた自分自身が人殺しになることです。私たちにとって戦争とは死体の臭いそのものでしかありません。”正義の戦い”、”テロとの戦い”、”聖戦”、どんなに美辞麗句を並べようとつくりだしているのは死体の山です。

 小田実は言います、「軍人の思想、戦争の思想に巻き込まれてはいけない」と。テレビのニュースや政治番組で中東の戦争やそこに派遣されている自衛隊が論じられているのを視るとき、私たちはつい為政者や司令官になったつもりで思考しがちです。それは今、声高に叫ばれている”国際貢献”、”テロとの戦い”、”何物にも代え難い日米関係”などという言葉のまやかしにも通ずるところです。しかし視聴者の九分九厘は実際の戦争では「殺される側」や「殺す側」に否応なくされてしまうはずです。「殺すように命令する側」の論理、「死体の臭いの届かない所で命令を下している側」の思考に巻き込まれてはいけないということでしょう。

 久し振りの小田実は徹頭徹尾市民の目で世の中を見ていくことをあらためて思い起こさせてくれました。私は国家ではありません。ちっぽけな一人の市民です。だからこそ市民の目で世界を見つめ、市民の論理で戦争を考えていこうと思います。

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