タミフル
タミフル(リン酸オセルタミビル)内服後の若年者の異常行動が取り沙汰されています。突然高い所から飛び降りたり、裸足で家を飛び出して車に撥ねられ命を落とすなどという痛ましいニュースも目にします。皮肉なことにこの件が盛んに報道されるようになった頃から、私の所ではインフルエンザの患者さんが急激に増え始め、タミフルの処方を考慮する機会に多々直面するようになりました。厚労省からは2月28日付で、
特に小児・未成年者に関してはインフルエンザの診断・治療開始後にはタミフルの処方の有無を問わず
1.異常行動の発現のおそれについて説明すること
2.少なくとも2日間は一人にならないよう配慮すること
という通達が届きました。「タミフルの処方の有無を問わず」という所がみそですが、タミフルとの関連性を匂わせる報道がなされてからの通達ですから、少なくとも小児や未成年者に対してとても納得のいく説明をしてこの薬を処方することはできません。現在私は小児や未成年者への処方は中止しており、成年の場合も患者さん自身に決めてもらい、迷っている方には処方しないようにしています。
御存知の方も多いと思いますが、タミフルは添付文書上はインフルエンザの症状発現から48時間以内に使用した場合のみの有効性がうたわれています(それ以降の場合は「有効性を裏付けるデータは得られていない」という書き方になっています)。一方予防投与も認められており(但し保険外)、この場合はインフルエンザウイルス感染症患者に接触後(即ち感染後ということになりますか…)2日以内に投与を開始することが条件なっています(こちらの方もそれ以降の場合は「有効性を裏付けるデータは得られていない」という書き方になっています)。インフルエンザの感染から発症までの潜伏期間が24〜48時間程度といわれていることからすると、極めて短いチャンスにしか処方できない薬というわけです。
タミフルが登場する2001年までは、インフルエンザには手も足も出ず「台風の時のように、じっと身を屈めて通り過ぎるのを待ってください。」としか患者さんには言えませんでした(シンメトレルという薬もありましたが、いろいろな意味で使いづらい薬でした)。「この熱を何とかしてくれ」、「この痛みをどうにかしてくれ」と来院する患者さんに対して、何もできないことほど医者にとって辛いことはありません。効果のある薬や治療法があればこれもしてあげたい、あれもしてあげたいというのが正直なところです。タミフルは待ち望んでいた薬で、実際インフルエンザの定番薬として社会的にも定着し、患者さんの方から言及されることも希ではなくなりました。今年もすでに私の所では60有余名の患者さんに処方しています。小児科は標榜していませんので小児は少ないのですが、それでもこの6年間にかなりの数の未成年者にも処方してきました。幸い私が把握している限りでは異常行動を含めて副作用は一件も経験していません。経験上は比較的安全な薬だと認識しています。
一般に薬剤は使用例が増えれば増えるほどいろいろな副作用がクローズアップされてきます。今回の異常行動がタミフルそのものの副作用なのか、インフルエンザの精神症状によるものなのか(先ほどのシンメトレルはタミフルと作用機序が違いますが、やはり自殺企図の警告が添付文書にあります)、一介の開業医である私には判断不能です。ついでに言うと何故日本だけタミフルの使用量が突出して多いのかとか、日本の一般的な処方薬の薬価が海外と比べて割高なのかどうかなどということも私には判断する手だてがありません。
インフルエンザに対する抗ウイルス薬にはもうひとつリレンザ(ザナミビル水和物)という薬もあります。現在注文が殺到して品薄状態と聞きました。一日薬価はタミフルより少し安かったと思いますが、吸入という方法が敬遠されるのか患者さんの評判はもうひとつのようです。その吸入という患部への到達方法が故に効果発現も早いようですし、また副作用の発生も少ないかも知れません。ただ作用機序はタミフルと同じと思われるので使用症例が増えてくればどうなるかわからず、今のところはタミフルと同列に対処するつもりです。
当分の間はタミフルの効果(平均4〜5日といわれるインフルエンザの症状の強い期間を約1.5日短縮すると言われています)とその有効な使用開始時期、異常行動に関する注意などを一生懸命に説明する毎日が続きそうです。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
panta さん,お久しぶり.トラックバックした記事の通り,昨晩から見事にノロにやられています.朝一番の下痢便をテストチューブに入れ密封して,病院の検査室へ持って行くと,見事に電顕にはノロの姿が…….内科の主治医へ連絡が行き,看護師から消毒キットをもらって,3日間来るな,とのご命令(笑)
| タミフル(リン酸オセルタミビル)内服後の若年者の異常行動が取り沙汰されています。
私もこの件について昔の記事を蒸し返したら,メールでの問い合わせが結構ありました.メールで指導するのは医師法にあたるので,近くの「調剤薬局」(一般の人には「薬店」「薬局」「調剤薬局」の違いが分からない人が多い)にリレンザもしくはタミフルドライシロップの在庫があるかを確かめてから医者に罹りなさいというお返事を.
| 皮肉なことにこの件が盛んに報道されるようになった頃から、私の所ではインフルエンザの患者さんが急激に増え始め、タミフルの処方を考慮する機会に多々直面するようになりました。
なぜかね,ノロが先に流行った地域はあとでインフルエンザが流行だし,インフルエンザが先に流行った地域はあとでノロが来るようです.生態学的に棲み分けしているということが分かったら,ノーベル賞もらえるかな(笑)
| 現在私は小児や未成年者への処方は中止しており、成年の場合も患者さん自身に決めてもらい、迷っている方には処方しないようにしています。
私もそう思います.panta さん宅からファクスしてる調剤薬局に「タミフルドライシロップ」がすべて在庫されていれば,小児や未成年者への処方はきちんと量を指導しても良いと思うのですが,カプセルしかない状況では処方を中止せざるのもやむを得ません.
| それ以降の場合は「有効性を裏付けるデータは得られていない」という書き方になっています
一つにはワクチンと異なり,インフルエンザウイルスが宿主の体内へ入って増殖を始めてからでないと,タミフルが効かないという性質があるからです.タミフルを服用すると速やかに肝臓で加水分解され,ヒトインフルエンザウイルスA型B型が作り出した「ノイラミニダーゼ」という酵素を使えなくし,新しく作られたウイルスが増殖できないようにするという性質があるため,「生きているウイルス」がノイラミニダーゼを作っている間でないとタミフルの効果がなくなるからです.また,タミフルそのものも48時間で70~80%が尿中に出てしまうため,ウイルスを殺したらすぐに自分も死んでしまう(尿中に出てしまう)という性質もあるんですよね.
| シンメトレルという薬もありましたが、いろいろな意味で使いづらい薬でした)。
タミフルにも腎障害や肝機能障害の患者には使えないという但し書きがついてましたね.タミフルドライシロップの添付文書にも幼小児の場合は1回 2mg/kg とあり,やはり高度の腎障害には使えないと書いてありました.
チバガイギー-ノバルティスの「シンメトレル」(日本薬局方では塩酸アマンタジン)もA型しか使えない,妊婦には使えない,そしてインフルエンザウイルスが体内に入ってタンパク質の殻を脱いで遺伝子を包むタンパク質(リボヌクレオプロテイン)が核内に入るのを妨害するだけの薬です.だから極めて感染の初期にでないと効果がない.panta さんの言われるとおり,非常に使い難い薬でした.自殺企図の副作用に関しては,構造式を紙に書いて,適当に CYP3A4 あたりで加水分解されてみると,何となく頭に浮かぶのでは,と思います(公のブログ上なので解答は書きません).
| ついでに言うと何故日本だけタミフルの使用量が突出して多いのかとか、日本の一般的な処方薬の薬価が海外と比べて割高なのかどうかなどということも私には判断する手だてがありません。
これについては私やなかまたさんのブログで2年前にからくりを暴露してますので,そちらをご覧になって下さい.
| 現在注文が殺到して品薄状態と聞きました。一日薬価はタミフルより少し安かったと思いますが、吸入という方法が敬遠されるのか患者さんの評判はもうひとつのようです。
私も処方箋書いてもらって試してみましたけど,確かに最初は咳込みますね.だから喘息の患者さんには勧めていません.その代わり,吸入 → 患部を直撃なので,効果は抜群です.何と言っても副作用が呼吸疾患の患者のみ,あとはアナフィラキシー症候群だけというのが正解です.
| ただ作用機序はタミフルと同じと思われるので
あ,これは多少違います.タミフルの場合は一度肝臓で加水分解された「活性体」が一度大静脈に入り,肺を通って大動脈に入ってから,ようやく咽喉の動脈へと染み渡りますから,ある意味無駄が多い.インフルエンザウイルスが咽喉で盛んにノイラミニダーゼの合成を阻害する,という意味ではリレンザと似ていますけど,一度肝臓で代謝されないといけないというのが,恐らく異常行動と関係しているのではないかと思います..
リレンザの場合はインフルエンザウイルスが咽喉に入って,インフルエンザウイルスの増殖に不可欠なノイラミニダーゼの合成を直接阻害します.また肝臓で代謝されないため,肝機能障害の患者にも使えるという利点があります.尿中24時間未変化体が11%ですから,ごく少量,喉にのみ吹き掛けるので,あとは消化器を通って行くということが良く分かります.
投稿: kaetzchen | 2007年3月 7日 (水) 17時05分
追伸です.昨日の asahi.com (今朝の朝刊)にこんな記事が入ってたそうです.霞ヶ関の技官はいったい何を考えてるのやら.
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/life/K2007030603010.html
http://www.asahi.com/health/news/TKY200703060301.html
タミフル、予防投与用に300万人分備蓄 閣議決定
2007年03月06日22時19分
投稿: kaetzchen | 2007年3月 7日 (水) 18時46分
kaetzchenさん、こんばんは、詳細な御解説ありがとうございます。
感染性胃腸炎は中々手強いですね。私は風邪やインフルエンザにはわりと強いのですが、感染性胃腸炎の患者さんを診ると自分もやられてしまうことが多々あります。症状は決してひどいものにはならないので診療に差し支えはないのですが、患者さんに二次感染が起こらないよう気をつけるのに冷や汗ものです。
投稿: panta | 2007年3月 7日 (水) 20時51分
pantaさんお初にお目にかかります.
タミフルに関しては感染後48時間以内の投与ということで,外来では正直処方する気にはあまりなりません.
が・・・
処方しないと帰ってくれないorものすごく不満そうな患者さんが多いですよね^^;?ウイルスの増殖を抑え,発熱を軽減させるという意味では効果があると思うのですが.できるだけ処方しないよう頑張りつつ,でも,夜間救急外来では早くさばきたいから処方してしまうということが多いです(苦笑)
タミフルの備蓄に関しては,個人的には潜在的な新型インフルエンザのパンデミックに対する備蓄と捉えています.鳥インフルエンザに関しては致死率が大変高いようですので転ばぬ先の杖という意味では良いのではないか?と考えています.
私も経験的には安全なクスリという認識ですが,今回の不幸な事件によって過度のタミフルへの一般の人々の依存が軽減するのかどうかちょっと気になるところです.
投稿: 通りすがりDR | 2007年3月11日 (日) 05時36分
通りすがりDRさん、初めまして。御返事が遅くなりすみません。コメント欄その他でインフルエンザには強いと豪語していたら、週末にやられてしまい本当に辛い思いをしました、過信は禁物ですね。幸い土曜日の午後を早めに切り上げ(というよりも定時まで持たず)、日曜日は丸一日呻吟しながら寝ていたら、昨日(月曜日)からはなんとか診療再開できました。本当はもう数日の安静が必要なところなのでしょうが、この時期次々と診療所に来てくれる辛そうな人達の姿を見ると、そうもいってられません。青息吐息の毎日です。
投稿: panta | 2007年3月13日 (火) 08時04分
通りすがりDR さん,先日は失礼しました.そいえば,私の偽物(大文字の奴)があちこちで私の評判を落としているようです.困ったものだ.
私は今週は障害者手帳の書き換えやら,何やらで動き回ってます.視力がまた落ちましてね,先週は久しぶりに電顕をいじったけどピントが合わなくて,結局専門の臨床のお姉さまにプリントアウトを頼みました.
タミフルに関してはA型とB型のインフルエンザウイルスにしか効かないので,H型の鳥インフルエンザウイルスには関係ないでしょ(笑) 要するに鳥の体内やブタの体内で人間に感染するような変異体ができたとき,それはA型でもB型でもC型でもない,まったく違った種または混合型の可能性の方が大きいのではと基礎屋としては考えます.
あと,前にも書いたように,タミフルは容量だけ間違えなければ「安全な薬」です.しかし,患者の体重,腎臓の状態などを事前に把握しておかないと「危険な薬」でもあります.私がドライシロップを勧めるのはその辺の理由があるんですけどね.
投稿: kaetzchen | 2007年3月16日 (金) 15時33分
>kaetzchenさんへ
先日はこちらこそ御迷惑をおかけしました.
ところで,鳥インフルエンザに関してちょっと勘違いされているようなので一応訂正を.
鳥インフルエンザはインフルエンザA型に分類されています.
H型というのはウイルス表面にあるヘマグルニチン(HA 赤血球凝集素)の抗原性の型を意味します.現在世界的に話題になり先頃指定感染症に指定されました鳥インフルエンザの亜型はH5N1型です.
タミフルはその作用機序から鳥インフルエンザに対して作用は示すはずです.A型,B型インフルエンザに効果があるクスリですので.実際にin vitroではその効果は証明されています.少し前にベトナムでタミフル耐性の鳥インフルエンザが検出されたのは気がかりです・・・.in vitroでの証明は,実際に感染した患者さんへの投与例が非常に少なく証明されていません・・・.証明されない方が良いですが^^;
ですので,鳥インフルエンザはH型ではなくA型であり,作用機序の観点からも鳥インフルエンザに対して効果がある「はず」です.「」を外せないのが辛いところですが.
知識の訂正と言うか書き換え,補完のほど宜しくお願いします^-^
投稿: 通りすがりDR | 2007年3月20日 (火) 22時56分
通りすがりDR さん,こんにちは.あー,ほんとだ.B型じゃなくてH型になってる(自爆) 目が見えないというのは本当に不便ですね.このコメントはエディタで文字を拡大して書いています.
H5型というと,他にもH7型やH9型での感染例が見つかったとか.hemagglutinin の広範囲な変異に対しては,タミフルのノイラミニダーゼ選択的阻害は限度があるような気がします.それと経口投与後48時間までに70~80%(未変化体・活性体)が尿中排泄されるという性質から,腎臓障害を伴う場合,透析で無理矢理に血中から排出させないとならないといった欠点もあります.
タミフルドライシロップも子供にとってはかなり苦いものでして,良薬は口に苦しという諺は通じないようです.あとはむせるのを覚悟でリレンザ……,てなことになるんじゃないでしょうか,臨床の現場で聞き回った所では.何だかそんな所へ落ち着きそうな気がします.
投稿: kaetzchen | 2007年3月30日 (金) 13時35分
通りすがりDRさん、kaetzchenさん、コメント有り難うございます。
インフルエンザもピークを越えた感がありますが、それでも毎日数人の患者さんを診ています。タミフルはできるだけ適用範囲を厳格にして、効果と現在言われている副作用をきちんと説明して患者さんに使うかどうかを選択して貰っていますが、青息吐息で受診されているせいか7〜8割の方は投与を希望されます。
投稿: panta | 2007年3月31日 (土) 08時21分