シリーズ医療も命も削られる(1)-後編
なぜ起こった? 医師不足(後編)
前編では医療にお金をかけない国の姿勢(低医療費政策)が、医師不足の根本原因であることを述べました。
これに対して政府・厚労省は医師の「偏在」を強調し絶対数の不足を認めようとしません。それどころか昨年(2006年)7月に発表された「医師の需給に関する検討会」の報告書では、当初「医師数全体の動向としては、充足の方向にあると考えられる」という原案が厚労省側から提示されていたそうですから驚きです。
御存知の方もあるかもしれませんが、全国の医師不足は研修医制度の転換によって引き起こされているのが特徴です。現場の労働力不足(医師の絶対数の不足)の穴埋めに使われてきた研修医の安易な利用ができなくなったため、何とか持ち堪えてきた医師不足が顕在化してしまったと言われています。厚労省の言うように医師が基本的に充足しているのなら研修医制度が変わったからといって医師不足は起こらないはずです。
最近でも医師不足対策として、やれ地方の中核病院の医師を医師の足りない病院に派遣するとか、医学部の入試に僻地枠を設けて僻地への赴任を義務づけるとか、様々な施策が新聞紙上を賑わしていますが、どれも医師の偏在を前面に押し出した論調です。しかしこの間にも私の住む県でも、県内有数の市で分娩を行う産科が皆無となったり、別な市では医師不足から夜間の救急医療が不可能となり、1時間以上もかけて県都まで搬送しなければならなくなったりと、事態は深刻さを増しています。
では政府・厚労省は何を根拠に医師の絶対数の不足を認めようとしないのでしょう。上記の報告書では次のように論じているそうです。
- 現在医療施設に従事している医師数は25.7万人でその平均勤務時間数は週51時間
- 平均勤務時間数を週48時間にするためには計算上26.6万人が必要
- 差し引き9千人の医師が現在の不足数
確かに僅か1万人弱の不足と捉えるなら、「充足の方向にある」との報告や医学部定員の僻地枠増員(5人程度)による偏在の解消も理解できないことはありません。しかし週51時間を48時間にとは現実離れも甚だしい数字の遊びにしか見えません。
私の所は医師が私一人、看護師さんと医療事務の方をあわせても10人に満たない診療所です。勤務時間を過ぎた場合は職員の方には切りのよいところで帰って貰うようにしており、他にも有給以外に月1回の特別休暇を取って貰うようにしたりと様々な努力をしています。職員の人達にとっては決して過酷な職場ではないと思いますが、それでも週48時間を超すか超さぬかくらいの勤務時間になってしまいます。
私自身で言えば診療時間外は診療情報提供書(いわゆる紹介状)や介護保険の主治医意見書、医療保護や保険の診断書などの書類書きに追われ、その他の法人としての事務仕事(事務長兼職ですので、請求書の整理、給料計算、会計監査の準備や雑多な入出金)も加わるため、週60時間前後の労働時間になります。休日・深夜の呼び出しや頻回の宿直・夜勤、さまざまな会議に追われている勤務医も含めた平均勤務時間が51時間とはとても信じられません。
委員の抗議もあって報告書では医師の拘束時間全体を対象にした場合の不足医師数のデータも紹介されていますが、その数は一気に6.1万人に膨れ上がります。しかしこの場合も「休憩時間(実際には患者さんを待って待機している時間)や自己研修(他の分野に劣らず日進月歩の医療の世界です。たいてい夜間や休日に様々な研究会や講習会が催されていますし、2,3日の出張となる学会も趣味で行くわけではありません。)は勤務時間とはみなされない」として切り捨てているそうです。これらの時間も考慮に入れれば不足医師数はもっと多くなるはずです。実際前編でとりあげたように諸外国との比較という視点で見れば、人口1000人あたりの医師数はフランスやドイツの水準になるにはあと18万人、OECD平均の水準でもあと14万人も足りません。
それでは厚労省がかくも「医師は充足の方向にある」と強弁するのはなぜでしょうか。この小冊子では「医師を増やせば増やしただけ医療費が増える」という考えが政府・厚労省の根底にあるからだと断じています。その論拠として以下の2つをあげています。
「94年の検討委員会・最終意見の要約」 「医師数の増加が医療需要を生み出すという傾向は否定できない事実であり、医師数の増加に伴う医療費の増高についての影響は、病院勤務医1人当たり年8,000万円、開業医1人当たり年6,000万円になるという試算もある…国民医療費の激増を招かないためにも、医療の質の確保という面からも、医師過剰状態を生じさせない対策が求められている。」
「98年の検討会報告書」 「医療サービスには市場原理が働きにくく、むしろ『供給が需要を作り出す』側面がある。…医師数の過剰な下にあっては、医療費の増加を経済的に負担可能な範囲内にとどめられず国民の利益を損なうこととなる。」
医療費を抑制するために、医師を増やさないという政府・厚労省の意志が色濃く認められます。それに対してこの小冊子では
「医療の需要は、医師が作りだすものではなく、社会が作りだすものです。科学技術の発展、長寿化、格差社会やリストラ社会、あるいは自殺大国など、さまざまな要因で、医療を求める人々が作りだされているのです。」
と述べ、医療費の削減から医師数問題を考えるという政府の逆立ちした考えが、日本の医師不足問題の大きな原因になっていると結論づけています。
*次回は低医療費政策の最大の手段として、長年政府が行ってきた「診療報酬抑制」についてです。
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