神の手
日本が世界に誇る国民皆保険制度は1961年(昭和36年)に整備完成されていますので、子供の頃しょっちゅう風邪を引いていた私は小学校入学前後からその恩恵を受けていることになります。私はこの国民皆保険制度のなかで育ち、医師となり、その後は保険医としてこの国民皆保険制度の下で20年近く診療にあたってきました。この間私自身も経済的、社会的理由で医療の恩恵に浴せなかったことは皆無ですし、診療を預かる立場からも経済的・社会的理由から病気の方の治療ができず悔しい思いをしたことはありませんでした。今まではそれが当たり前でした。
この間、診療報酬は改定のたびに常に引き下げられ、たとえ同じ人数の患者さんに同じ治療をしていたとしても病医院の収入は減り続けていくことになります。それでも毎日の診療に追われて問題意識にも乏しく、事ここに至るまで何の意思表示もできず、行動もとれずに来てしまったというのが正直なところです。それどころか”国の予算が足りないのだから私たち医者側の収入が減っても仕方がない、病気の人の役に立ちたいと思って医者になったのだから、家族がそこそこに暮らしていけるだけの収入があればまあいいか…”とさえ思っていました。
今でも私はそれで病気の方が、支払い能力の有無にかかわらず、いつでもどこでも診療が受けられる皆保険制度が維持できるのであれば、そして患者さん側の負担が少しでも減るのであれば、診療報酬の引き下げ自体は甘んじて受け入れる覚悟があります。しかるにどうでしょう、患者さんの窓口負担率(診療全体にかかった金額のうち、病院の窓口で患者さんが実際に支払う金額の率)は軽減されるどころか引き上げられる一方で据え置かれさえしていません。今や一般の方はすべてが3割負担、来年からは高齢者まで今までの倍額の2割負担になる始末です。
さらに、やはり来年から75歳以上の後期高齢者(と勝手に厚労省が名付けています)が強制的に加入させられる、民間保険と併用(50-80誰でも入れますなどと言ってさかんにテレビでCMが流されている外資系保険はそのための高齢者囲い込みが目的と聞いています)しなければとても満足な治療が受けられそうにもない保険制度が新たに始まります。混合診療の解禁といい「いつでも、どこでも、誰でもが安心して医療が受けられる」という日本の国民皆保険制度が音を立てて崩れようとしています。
ところで以前から民放の妙に不安感を煽るような構成の病気バラエティ番組が気になっていましたが、昨今はやたら”神の手”だとか”スーパードクター”などと銘打った番組が増えてきた気がします。こういう番組を見ていつも思うのですが、まるで世界にその人一人しかそういう治療ができないかの如く演出されていますが、果たしてそうでしょうか。もちろん私のような凡医とは較べるべくもないですが、この広い世界、否、狭い日本でさえ同様の腕をお持ちの”スーパードクター”は少なからずおられるはずです。またそうでなければ駄目なのです。医療は万人のための科学であり技術であって、秘伝や魔法ではありません。どんなに超絶の手技を身につけていてもそれが少数のものに独占された門外不出のものであっては何の役にも立ちません。
もちろんテレビで紹介されている”スーパードクター”もそのことは十分知っておられてその手技の普及や後進の育成に余念がないこととは思います。テレビがことさら”スーパー”だとか”神の手”だとか言って強調するのは、高額の患者負担が前提の、少数のハイクラス向けの医療の存在を許す新自由主義的な考えを植え付けようとしているのではないかと勘ぐってしまいます。テレビに絶望している私の疑心暗鬼に過ぎなければよいのですが…。
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