カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の15件の記事

2008年3月10日 (月)

ひとりにひとつずつ

”一人にひとつずつ 大切な命”のフレーズ、生命保険のコマーシャルにしておくにはもったいないな、でもどこかで耳にしたことのあるいい曲だななどと思っていつも聴いていました。

昨日の”NHKのど自慢”をみていてわかりました。ゲストのいるかが歌っている「まあるいいのち」という曲のさびの部分だったのですね。もう30年も前にいるかが作り、この30年間ずっと幼稚園や小学校などで歌い継がれてきた曲だと徳田アナが紹介していました。

”一人にひとつずつ 大切な命”、戦争と平和、医療や福祉、老齢化や環境等々、世の中の全てのことを考えていく上で忘れてはならないことです。それ以外の歌詞も固定観念に捕らわれない、差別や狂信とは対極のことをやさしく歌っており、本当にいい唄ですね。



まあるいいのち

ぼくから見れば小さなカメも
アリから見ればきっと
大きなカメかな?

みんな同じ 生きているから
一人にひとつずつ 大切な命

ぼくから見れば大きな家も
山の上から見れば
こびとの家みたい

みんな同じ 地球の家族
一人にひとつずつ 大切な命

ぼくから見れば東と西も
よその星から見れば
丸くてわかんない

みんな同じ宇宙の仲間
一人にひとつずつ大切な命

二つの手のひら ほほにあてれば
伝わるぬくもり まあるいいのち

二つの手のひら ほほにあてれば
伝わるぬくもり まあるいいのち

ララララ ララララ
ラララララララ

ララララ ララララ
ラララララララ…

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2007年12月13日 (木)

ある軍医の告白…生体手術演習

Hodanren12

 全国保険医団体連合会の雑誌「月刊保団連」の12月号の特集は「あらためて不戦の誓いー軍医たちの記録」でした。忘年会から帰宅しほろ酔い加減の私でしたが、「戦地中国人 生体手術演習の実相」の手記を読み進む内に酔いなどいっぺんに覚めてしまい、眩暈と嘔気を催おしてしまいました。雑誌には手記の執筆者の詳しい履歴が顔写真とともに掲載されていますが、ここではある私立医大を卒業後、軍医として第二次大戦に参加し戦後は都内の診療所長などを歴任した方とだけ紹介しておきます。

 長文になりますが、以下にその一節をまるごと引用します。内容が内容ですので気の弱い方は読まれない方がよいかと思います。

生体手術演習  第二次大戦に際して私は、中国戦線に従軍し、生体を手術演習に使い、中国人捕虜を殺害するという医学犯罪を犯した。  1942年2月1日、私は日本軍が占領していた山西省南部の潞安(ルーアン)陸軍病院に軍医中尉として赴任し、伝染病科を受け持った。太平洋戦争開始の時であり、さらに将校という身分を与えられ、拳銃を持ち、軍刀を下げて意気揚々で、中国人を劣等視するだけでなく看護婦や衛生兵を見下していた。  赴任して1か月半、病院長から「手術演習をするから参加するように」と何気ない調子で命令された。ドキリ! 生身の体を切り刻むのだ! 拒否したい感覚が体内を走ったが、軍命令であり従うより仕方なかった。医学生時代に先輩軍医から、戦争へ行ったら生体解剖をやらねばならないと聞いていたが、その時は気味が悪いと感じただけで非難する感覚は抱かなかった。日本軍のすることは正しいと盲進していた。  解剖室に向かう足取りは重たかったが、皆の前で見苦しい真似は見せられないと自分を励ました。  解剖室には、手術演習する第36師団の軍医8人、指導する病院の外科軍医2人、器械出しの若い日赤の看護婦2人、36師団軍医部長(大佐)、病院長(中佐)、それに私たち新参の病院の軍医5人、古参1人、衛生兵4〜5人がいた。  被害者は2人、1人は、見るからに八路軍の若い兵士、すっきり立って縛られた両手を下げ、考えているよう。もう1人は中年の百姓風、アイヤアイヤと泣きながら縛られた両手を前に突きだしていた。室内は、そんな情景を無視して談笑にふけっていた。皇軍勝利のための生体手術演習だ、同情など許さないとの空気だった。不幸にして捕虜になったこの2人は、裁判もなく実験材料として切り刻まれる。  手術演習を開始。クロルエチルで麻酔を施し、まず、盲腸の摘出演習。盲腸で死ぬ人間が多かったので訓練が必要だった。次に、腹部を大きく切開して、腸の切断と吻合手術の演習。腹部に銃弾が入ると腹膜炎で死に至るので、手術できなくてはいけない。四肢切断の演習も行った。介助していた私は、良い機会とばかりに気管切開をやってみたくなった。気管切開器を喉頭に突き刺すと、空気が混ざった真っ赤な血が噴き出した。胸部損傷のときには気管が詰まるので、習得が必要な施術だったが、私はその人の顔つきを一生忘れられない。  手術演習は1時間以上経過して終わった。農民は死んでいた。若い兵士は呼吸をしていたため心臓内注射の実験台に使い、その後、息を止めるために空気を注入。それでも死なないので、全身麻酔に使った残りを注射し、殺した。死体は穴に放り込んで処理するよう衛生兵に命じた。  私が潞安(ルーアン)陸軍病院にいた3年間に、10人の中国人に5回にわたる手術演習を行ったと記憶している。最初は恐る恐る、次は平気で、3度目は自分からすすんで手を出した。初年次衛生兵の教育に解剖学を引き受けたときには、私自身の思い付きで憲兵隊から捕虜1人を受領し、麻酔して胸腹部を切り開き、臓器を展示したことがある。教育用の図譜や模型もあったが、初年兵に戦地の度胸をつける目的で実施してしまった。  なぜ、手術演習が必要だったのか。戦線が拡大して、第一線部隊では軍医の頭数を揃えるのが精一杯で、救急手術のできる外科医がほとんどいなかった。作戦出動に支障を来すので、外科以外でも軍医であれば手術できる軍医を速成し、前線に送り込まなければならなかった。その材料に生身の中国人を使ったわけである。
 まさに悪魔の所業としか思えない、信じたくない内容です。731部隊のことや九州大の生体解剖事件のことは知っていましたが、同じようなことが”生体手術演習”という名のもとにもっと広範囲に行われていたことを知り愕然としました。手記の著者は自ら受けた機密命令から推察するに、このような”生体手術演習”は北支全体で行われ、関わり合った軍医は相当な数に上るのではないかと述べています。

 戦争はかくも人間を悪魔にしてしまうものです。当時も今も、かりにも医の道を志したものなら何よりもまず人命を第一に考えることに変わりはないはずです。にもかかわらず虫けらのように中国人の命を奪った軍医たちの行為はどのように理解すればよいのでしょうか。
 
 この件に関わった軍医が誰一人として語らない、話さないことについて著者は「戦争で当たり前のこと」「命令されただけだ」として罪悪感を抱かないため、記憶にも残らないからだと説明しています。実際、著者が抑留後11年たって帰国し再開した戦友の軍医は、著者に言われて初めて思い出し真っ青になってしまったそうです。

 私自身に置き換えて考えてみると、”生体手術演習”をする自分はさすがに想像できませんが、戦争という残酷な運命に巻き込まれたとき、目の前で行われている”生体手術演習”を命を賭して止めさせることができるかどうか…。

 戦争は始まってしまったらもうどうしようもありません。大きな力にあっという間に飲み込まれてしまいます。戦争をしないことが人間の幸福の最低条件です。

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2007年11月 1日 (木)

戦争の臭い

Beheiren

 小田実の本「中流の復興」を読んでいます。学生時代に読んだのは「世直しの倫理と論理」だったでしょうか。もう覚えていません。「殺される側の論理」などという言葉が蘇ってきました。この言葉今も少しも色あせていません。それどころかますます今の世界では強いメッセージを発しています。

 序章「被害者にも加害者にもならない未来へ」を、小田は”戦争の臭い”という表題で書き始めています。”戦争の臭い”とはすなわち死体の臭いです。当時中学生だった彼が焼け跡の片付けに動員され、がれきの中から引きずり出した腐った死体の臭いのことです。これは強烈な印象として残り彼は戦後食料がない時代にも配給されたあるものの缶詰がどうしても食べられなかったそうです。小田実があくまでも「殺される側」の視点を持ち続けてその後の平和運動を続けていったことのこれが原点だったのでしょう。

 この夏NHKで旧日本軍の南洋諸島やインドシナでの悲惨な戦いを既に齢80代になられている当時の兵士の方々の証言で綴る特集シリーズを放送していましたが、実際に戦地で戦った兵士達の悲惨さは想像を絶するものがあります。この世の地獄のような証言でした。彼らが今までなかなか重い口を開かなかった理由がよくわかります。彼らは「殺される側」でもありまた「殺す側(実際に手を下して殺すように命令される側)」でもありました。とくに「殺す側」としての行為は家族にさえ話さず墓場まで持って行こうと思っている方が多いのではないでしょうか。

 戦争とはそれに巻き込まれた一人一人の庶民にとっては、テレビや新聞のニュースなどではなく、ましてや歴史書や教科書上の出来事ではありません。自分自身や身近な人の死であり、あるいはまた自分自身が人殺しになることです。私たちにとって戦争とは死体の臭いそのものでしかありません。”正義の戦い”、”テロとの戦い”、”聖戦”、どんなに美辞麗句を並べようとつくりだしているのは死体の山です。

 小田実は言います、「軍人の思想、戦争の思想に巻き込まれてはいけない」と。テレビのニュースや政治番組で中東の戦争やそこに派遣されている自衛隊が論じられているのを視るとき、私たちはつい為政者や司令官になったつもりで思考しがちです。それは今、声高に叫ばれている”国際貢献”、”テロとの戦い”、”何物にも代え難い日米関係”などという言葉のまやかしにも通ずるところです。しかし視聴者の九分九厘は実際の戦争では「殺される側」や「殺す側」に否応なくされてしまうはずです。「殺すように命令する側」の論理、「死体の臭いの届かない所で命令を下している側」の思考に巻き込まれてはいけないということでしょう。

 久し振りの小田実は徹頭徹尾市民の目で世の中を見ていくことをあらためて思い起こさせてくれました。私は国家ではありません。ちっぽけな一人の市民です。だからこそ市民の目で世界を見つめ、市民の論理で戦争を考えていこうと思います。

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2007年2月15日 (木)

鋼鉄の夢

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子供がバイクの免許を取りました。やがて乗り始めるでしょう。親としてはとても心配ですが、かくいう私も学生の頃から結婚するまでバイクが生活の一部を占めていました。大学の時免許を取って、初めて乗ったバイクが中古で買ったハスラーの125ccでした。小柄な私にとって人を見おろす高い視点はちょっとした優越感に浸れましたし、少しばかりの段差など平気で乗り越える機動性は行動範囲をとても広げてくれました。どこへ行くにも、どんな場所でもバイクに乗っていることが多い学生時代でした。

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研修医になってから安月給とバイト代をつぎ込んで念願の400ccの中型バイク(カワサキZ400LTD)を買いました。忙しくてなかなか旅にも出られない毎日でしたが、それでも県内のあちこちを一人で走り回り、何百kmも離れた遠くの県まで走った思い出もあります。つづらおれの峠道を駆け抜けるときは、ライダーズハイというのでしょうか、微妙な力学的バランスに身を任せていると、”このままカーブを突き抜けて空に飛び上がって行ってしまってもいいな”というような気持ちになることが度々ありました。子供の嬉々とした姿を見ていると、正直また乗りたくなってきています。

オートバイ、オートバイ、俺の鋼鉄の夢、走ってゆけ…

それに引き替え、せっかく手に入れたネットという宝箱の隅っこで、漱石の草枕ではないですが、「屁をひった、屁をひった」と言い合うことの何と愚かしく、矮小なことでしょう。自分がお金を出して買い取ったものでもないので、コメントに手を加えるのには抵抗がありましたが、私のコメント欄をコントロールできるのは私しかいないと決心して、これからは他人を誹謗・中傷するようなコメントは、誰のものであろうと私の勝手な判断で削除もしくは編集させていただくことにしました。

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2007年2月 8日 (木)

今年の流行語大賞決定!

Ryukogo

まだ2月ですが、今年の流行語大賞決定です。もちろん私個人のですが。
”「右」も「左」もない。オレは「下」や”
喜八さんのところで紹介されている名言です。何かにつけつぶやいているこの頃です。喜八さんが言われているように本当に心の琴線に触れる、何か今の状況にぴったりの言葉です。
私の右翼が吠える時左ということを書いていてどうもすっきりしないものを感じていたのですが、このフレーズにふれて目から鱗が落ちました。今必要なのはぐるっと一周すれば結局同じも同然の「右、左」ではなく、どこまでもきりのない「上、下」の位置関係で物事を捉え、常に「下」の視点から世の中を見ることなのかと思います。
生活保護など無くしてしまえと言う人は、保護を受ける人を自分より「下」と見ているから、彼らが少しでも贅沢をすると腹が立って非難するのでしょうし、中国や韓国を目の敵にする「ネット”右翼”(真の憂国者に申し訳ない、”ネット上様”と呼んだ方がよいのかな?)」と称する人達は、やはりこの両国を「下」とみているのだと思います。いじめを冷ややかに傍観する子供達も、いじめられている子よりは自分は「上」だという意識もはたらいているのでしょう。
病気や災害、戦争や貧困など様々な理由で「下」の位置に追いやられている人達の立場に立って、その視点から物事を考えると言うことは、とても難しい事だと思います。かくいう私も口先だけになっていることばかりで、反省しきりです。ただ自分は「上」だとか、自分より「下」がいてよかったとか恥ずかしげもなく思う人間にだけはなりたくないと思っています。

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2007年1月28日 (日)

お笑いが日本を変えた!

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自他ともに認めるB層の妻が言いました。「○○(私の呼称)が言うように毎日お正月番組みたいね。お笑いの人達と若い女性タレントがひな壇に並んでゲラゲラ笑ってるだけよね。何か世の中が変わってしまったよね。」


何時からでしょう、こんな感じになってきたのは。西川やすし・きよしなどの第1次漫才ブームの時はまだテレビ番組の一分野に過ぎなかったように思います。「8時だよ、全員集合」は私も楽しみにみていましたが、ギャグで食べ物を粗末にすることへの批判はあったものの、まだタガは外れてなかった気がします。


その後、お笑い軍団みたいのものがいくつか登場して、大仕掛けで冒険ごっこをするような番組が始まり、軍団の大将の無理難題によって子分達が酷い目に遭う様子をみせて視聴者を楽しませるような構成でした。その流れで過酷な罰ゲームを売り物したり、若手の芸人さんにその尊厳を踏みにじるような試練を課してモニターを通して皆で笑い飛ばしながら観察するような企画が出てきたのではないかと思います。たかがテレビと思って見過ごしてきましたが、影響力の大きい(とりわけ子供達にとっては)テレビだからこそ、この時期に私たちは声を挙げなければいけなかったのかもしれません。


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そのうちにいわゆるバラエティ番組というのが幅を利かせるようになり、タレント達の身の上話やクイズ遊び、果てはふざけあいをだらだら流すだけのお手軽な番組が日がな一日続くことになります。そしてたいていその司会や出演者にはお笑いの人たちが配されており、かくして何も考えずゲラゲラ笑ってテレビを見ていれば日が経っていく有り難い仕組みができあがっていきます。さらに最近ではその応用編として、法律相談や政治論議までバラエティ化され弁護士や政治家先生達がこぞって御出演です。ここでもお笑いの人たちがキーポイントで彼らにあわせてうけをとれることが大切な出演条件のようです。テレビという土俵の上で先生、先生と祭り上げられつつ、実際はいいように笑いの出汁に使われています。


一面的に見るとそういうテレビ的なものの結実のひとつが一昨年の郵政民営化劇場型選挙だったのではないでしょうか。最近は報道番組のバラエティ化も進んでおり、今にお笑いの人がニュースキャスターを務めて面白おかしくニュースを報じるのではないかという悪夢が頭をよぎります。


私は一生懸命芸を磨いているお笑い芸人さん達をこの記事で揶揄しているわけではありませんので、念のため。


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2007年1月21日 (日)

ワクチンの学割、家族割!?

Vaccine

年末になるまで暖冬ぎみだったせいか、私の住む県ではいまだインフルエンザは流行と言うほどの広がりは見せていません。先週ようやくA型の方が2人出ましたが、同じ週にワクチンを打った方もこの分なら抗体ができあがるまでまず大丈夫でしょう。

そのインフルエンザワクチンの接種料ですが、私の診療所ではワクチンの個別接種が始まった頃からずっと大人も子供も3,150円です。大分前のことでもう記憶が定かではありませんが、確か市の医師会に問い合わせて大体どこもこのくらいの値段でしていると聞いて決めたように思います。

以来十数年、ずっとこの価格できました。ところが最近ある患者さんから「病院によってインフルエンザワクチンの値段が違うけど上等なワクチンは高いのか」と聞かれました。あわてて調べてみると2000円台でしているところが結構あり、「学割」あり「家族割り」ありとまるで携帯電話の料金設定のような状態を呈していました。さらには別な患者さんから、東京近郊の県に住んでいる子供さんのかかっている病院ではそこに通院している人は3000円、そうでない人は5000円という料金体系になっているそうだと聞かされ本当に驚きました。

日頃薬の原価とか、薬価差とか利益についてはあまり深く考えない(というよりどうしてもそっちの方を考えることを卑しいと考えてしまう)私ですが、少し考えてみざるを得ませんでした。まず薬の卸さんの請求書を見るとインフルエンザHAワクチン1ml入り(つまり大人二人分)が1700円弱の単価でした。一人分が800円少し!、ここで何たる暴利を貪っているのかと思われる方もいるかもしれません。でもワクチンは接種を希望される方に手渡しして、自宅で好きなように使用していただく物ではありません。注射しても大丈夫かどうか十分な問診と診察をした上で接種することになっています。重篤な副作用が出現するのは接種後30分以内が殆どですのでこの間は院内で様子を見ます。健康診断の場合もそうですが、自由診療(健康保険を使えない医療行為のこと)の場合保険診療の点数(すべての医療行為に対して点数がついています)を使って請求額を算出しています。他に医療行為の金銭的価値を計る尺度を持ち合わせていないからです。するとインフルエンザワクチン接種の場合先ほどの800円に、診察料(初診料)の270点と皮内・皮下及び筋肉内注射手技料の18点を加算(1点は10円)すると合計で3700円くらいになりますから妥当なところでしょうか。

一方別な見方をすると、ワクチンそのものは800円そこそこな訳ですからそれだけを考えると1000円の接種料でも元は取れると言うことでしょう。いろいろな料金体系を工夫している医療機関を非難するつもりは毛頭ありません。接種を受ける方にとっては安いに越したことはないでしょう。ただ、「すべての人を等しくインフルエンザの脅威から守りたい」という医療の原点みたいな気持ちが失われ、「当院なら御予約いただければ500円の割引サービスをただいま実施中です。」なんていう市場原理丸出しの競争になったら悲しいなと思った次第です。

念のために言っておきますが、私自身は皆が納得して決められるのであれば1000円の接種料でもかまわないと思っています。その方がより多くの人々が接種を希望するでしょう(でも談合と言われるのかな?)。医療に競争はなじまないと思うのですが…。

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2007年1月10日 (水)

あっという間の…

Hokusai

例年になく多忙な年末から、お正月休みを利用した我が家としては思い切った長期の家族旅行、帰宅してからのやっつけ仕事の山(まだ相当うずたかい、助けてくれ〜)と格闘しているうちにあっという間に1月も中旬になってしまいました。父の運転ミスによる母の怪我まで加わって自分のブログの更新どころか人様のブログを拝見することもままならぬ日々でした。幸い母も快方に向かい、子供達も大学に戻り、ようやく一息つけそうですが何故かブログを更新するのが億劫なこの頃です。80代の父の老いが気に懸かっているせいかもしれません。


とにもかくにもまた少しずつ更新していこうと思っています。皆さん、今年もよろしくお願いします。


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2006年11月28日 (火)

左ということ

Tenanmon_1

知り合いの若い人の知人が私のビラを見て、「この人はだいぶ左だね。」と言ったそうです。最初ほめられたかと思いましたが、どうやら今の時代、「左」のレッテルはけなし言葉だったようです。

私によくコメントを下さる竹島島民さんへの返事でも書きましたが、私は最近の石原慎太郎さんが好きではありません。よその国やその国民を小馬鹿にした傲慢な態度を感じ取ってしまうからです(あくまでも私の主観ですから、ファンの方は気を悪くされないで下さい)。私は石原慎太郎さんに限らず、人を、とくに自分より弱い立場にある人を押しのけたり小馬鹿にする人が大嫌いです。これは国の場合でも同じで、古い話で恐縮ですが、私が中学生の頃のソ連のチェコ侵入や、20代の時の中国のベトナム侵攻(確か懲罰的侵攻などと言っていました)やその後のソ連のアフガニスタン侵攻も腹が立ってしょうがありませんでした。これは私がよくTBしあっている人たちにも共通の認識だと思います。

このあたりのところが、意識的にかどうかわかりませんが、「左」をけなし言葉に使っている方々の認識から抜け落ちているところだと思います。左=共産主義と決めつけ、従って中国や北朝鮮のすることには何でも賛成する人たちだという方向に持って行きたいようです。私は中国や北朝鮮で自由のために闘っている人たちも左だと考えています。要は全体主義に反対する勢力を広く左と考えています。政治学のせの字も知らない一町医者の幼稚な意見に過ぎませんが…。

何故このようなことを書くかというと、このあたりを間違えてとっているから、私たちをやり込めようとするとき、何かまるで水戸黄門の印籠のように北朝鮮による拉致事件を持ちだすのだろうなと思うからです。私は2人の子供の親ですが、いったい子を持つ親で拉致事件の当事者達に心を痛めない人がいるでしょうか。もし自分の子供が同じ目に遭っていたらと思うと気が遠くなりそうです。愛しい我が子を持つ親なら誰が拉致被害者の御家族を非難したり、揶揄したりするでしょうか。政府に不満を漏らした拉致被害者の御家族にブーイングを浴びせるようなことも決してしないはずです。

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2006年11月12日 (日)

私の右翼が吠える時

現在完了形や現在進行形の話なので詳しくは書けませんが、複数の方の認知症と、臨終に関わりました。認知症の方の人間としての尊厳や、自宅で最後を迎えると言うことの困難さについて、今更ながらとても考えさせられる日々です。テレビのスイッチを入れると街は好景気で大企業は空前の利益だそうですが、そのほんの一部でも高齢者の人間としての最後の尊厳を守るために回して欲しいものです。皆さんの誰もが行き着く先のことです。テレビのチャンネルを変えると、セレブと言われる人々が何十万円、何百万円の買い物をさも普通のようにお笑い系のリポーターに自慢しています。かなり疲れていた私は煮えたぎる思いでテレビを消しました。

私の右翼が吠える時

調子よく儲けたセレブ達が、得意顔でブランド品をひけらかす。 そんな時私の中の右翼が吠え始める。 私は自動小銃を腰にため、奴らに向けて掃射する。 この世に貧者がいるかぎり、金持ちは恥と知れ。

権力に迎合したテレビ人達が、したり顔で時事問題を騙る。 そんな時私の中の右翼が吠え始める。 私は爆弾を腹に巻き、スタジオめがけて駆け急ぐ。 演出されたニュースに、真実の欠片もあるものか。

外国の言いなりの政治家達が、訳知り顔で基地問題を語る。 そんな時私の中の右翼が吠え始める。 私はロケットランチャーを肩に担ぎ、車もろとも基地に突っ込む。 そんなに大事な基地なら、自分の家に持ってこい。

カタカナ右翼よ、間違えるな! お前達の背を押しているものこそ、真の敵だ!

国を売り飛ばした首相達が、さびれ顔で靖国神社に参る。 そんな時私の中の右翼が吠え始める。 私はステッキ銃を握りしめ、参拝客に紛れてじっと待つ。 兵隊達は何のため、どこの国と闘ったのか。

もちろん私は自動小銃も爆弾もロケットランチャーも仕込み銃も保有しておりませんので念のため。

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