カテゴリー「医療」の8件の記事

2007年8月31日 (金)

「Sicko」の世界はもう目の前

 おんぼろビデオに録画した朝ドラを妻と二人で見つつ夕食を摂るのがここ数年の我が家の日課ですが、前2作と打って変わって今回の「どんと晴れ」どうしても感情移入ができません。老舗旅館の経営立て直しが背景となっているのですが、「悪しき慣習」とか「改革」とかのどこかで聞いたフレーズがやたらに使われており、ある意図を感じてしまうからかもしれません。

Ambu

 それでも見たがる妻に付き合い私にとってはいささか苦痛な時間がやっと終わると、ローカルニュースの時間になっていました。またまた郡部(といっても今は”平成の大合併”で市にはなっていますが)の公立病院で内科の医師がいなくなり、夜間の救急医療が続けられるかどうかの瀬戸際と報じていました。今のところは外科の医師が内科の患者さんも診ることにして夜間救急を続けていくそうですが、もともと手術や処置に少なからぬ労力を費やしている外科医の負担は計り知れないほど大きくなると思われ、とても心配です。この病院にはすでに夜間の救急医療ができなくなっている隣の市からの患者さんも搬送されていたとのことですので、行き場のない医療難民が増えるばかりです。他の県の事情はよく知りませんが、恐らく日本中でこのようなことが起こっているのだと思います。インタビューに答えた院長の「医療は公共事業だから、医者が足りないからと言って(夜間救急を)やめるわけにはいかない。」という発言が印象的でした。

 ”公共事業”、今は何とおとしめられている言葉でしょうか。今の”改革”政治の端緒は無駄な公共事業の追求キャンペーンからだった気がします。改革すべきは公共事業に絡む利権や無駄だったはずなのに、いつの間にか公共事業そのものが諸悪の根源のように言われ始め、”官から民”へのスローガンのもと利益(お金)を生み出せないものは存在価値がないかのような風潮になってしまいました。道路や鉄道の整備、治山、治水、公園や図書館などの公共施設の整備の一体どこが悪いというのでしょうか。悪いのはそれを錬金術に変えてしまった欲に目が眩んだ人達でしょう。狡猾な彼らは国民の怒りをうまくすり替えることに成功し、まるで明治時代の官営工場払い下げのように公共事業を民営化という商売の種にしようとしています。

Sicko

 医療も例外ではありません。私はまだ見ていませんが医療民営化”先進国”であるアメリカの惨状を描いたマイケル・ムーア監督の最新作「Sicko」では民間医療保険の給付の際の制限や支払拒否の凄まじさに驚かされるそうです。医療保険と銘打ってはいても、最も医療を必要とする人(持病や既往症のある人)を真っ先に排除することが公的医療保険との大きな違いです。日本に代表される公的医療保険による国民皆保険制度は持病や既往症に関係なく加入でき、給付も現物(一旦支払って後から申請してお金が返ってくるのではない、給付分は支払いそのものをしなくて良いということ)で制限や支払拒否はありません。

 ”官から民”へのデマゴギーに踊らされて一旦医療保険が民営化されてしまえば、アメリカの例を見るまでもなく、医療は営利事業となり何よりもまず利益を出すことが優先されることになります。営利企業にとっての”患者さん”とは治療費の払える”患者さま(=お客さま)”だけです。治療費の払えない人々を切り捨てたこのような医療システムが一旦動き出してしまえば、他の分野と同様必ず利権が生じ、保険会社や製薬会社、さらにはその系列病院などからの多額の献金が議員達を縛り、もとの公的医療に戻ることはかなり困難になるのではないでしょうか。

 来年4月からはついに後期高齢者(75歳以上)のみの独立した医療保険制度が始まります。この制度では窓口負担額は一応1割とされていますが、診療報酬(医療サービスの料金表)をそれ以下の世代とは別立てにして安上がりにしようとしている(公的保険の使える治療や薬に制限を設ける)と言われています。混合診療の解禁(医療機関が公的保険を使った診療と保険のきかない自由診療を併用してもよいようにすること)とセットにすれば、ほら、「Sicko」の世界はもう目の前です。

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2007年6月15日 (金)

シリーズ医療も命も削られる(2)

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保険診療と診療報酬

シリーズ医療も命も削られるの2回目です。
1回目の「なぜ起こった? 医師不足」の前編後編では、最近騒がれ始めた医師不足の根本原因として医療にお金をかけない国の姿勢(低医療費政策)をあげました。その最大の手段が「診療報酬抑制」です。

診療報酬とは公的医療保険(皆さんが病院の窓口に差し出す保険証でまかなわれている制度です)が適用される医療の範囲とその値段を定めたもので、いわば「医療サービスの料金表」です。一般的な病気の治療であればほぼすべてが事細かく記入されています。よく”この治療には保険がきく”などという言い方をしますが、それはその治療がこの料金一覧表の中に含まれていると言うことです。この料金一覧表に含まれている範囲の医療行為を保険診療といいます。よく医師の処分で”保険医停止”や”保険医取り消し”などを耳にすると思いますが、その処分を受けた医師に診てもらっても保険が利かず全額患者さんの自己負担になるということです。

診療報酬で定められた料金が医療機関の収入となるわけですが、ここからが少し複雑です。よく医療保険では”何割負担”などという言葉が使われますが、これはその料金総額の何割を患者さんが医療機関の窓口で実際に支払う(窓口負担)かと言うことです。残りの額は1ヶ月単位でまとめられ、2ヶ月遅れで医療機関の銀行口座に公的医療保険機関(皆さんが医療保険の保険料を毎月支払っているその支払先です、と一口に言ってもとても複雑ですが…)から振り込まれます。窓口負担0割ならすべて公的医療保険でまかなわれるということで心置きなく医療を受けられるわけです。逆にこの割合が高いほど皆さんにとって医療保険は頼りにならなくなるわけですが、近年窓口負担割合は徐々に引き上げられ現状はほぼすべての人が3割負担、高齢者も来年からは2割負担が決まっています。

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診療報酬抑制(削減)ということはこの医療サービスの料金表のメニューを減らし料金を下げることです。この診療報酬抑制(削減)によって何がもたらされるかこの小冊子では以下の3点をあげています。


  1. 診療報酬が削減されるということは、その前と全く同じ医療行為をしていても無条件に医療機関の収入が減らされるということです。これが経営の悪化につながれば設備や機器の買い控えや人員の削減を招き、医療の質や安全性に影響を及ぼして結局は患者さんにしわ寄せが来てしまいます。

  2. 医療サービスのメニューが減らされたために、従来行っていた医療が保険で提供できなくなり、実際このことで深刻な事態が起こっています。

  3. 保険が利かなくなっても患者さんにとって必要な医療であれば、保険外でも受けざるを得ないわけで、そういう自費の医療が増えれば患者負担は大幅に増加します。

医療サービスの料金が下がればそれだけ患者さんの負担が減っていいじゃないかとも思われますが、窓口負担割合が増加したときの不満(医療機関の収入が増えると勘違いされる方もいます)に比して、診療報酬が引き下げられた恩恵を口にする患者さんの声はほとんど耳にしません。診療報酬の改定は毎回数パーセントですので、その3割以下を負担する一人一人の患者さんにとっては目に見えた減額にはなっていないのかも知れません。

小泉内閣が行った2006年4月の診療報酬改定では、3.16%と史上最大の引き下げとなりました。国民医療費30兆円の3%ですから約1兆円です。よく”無駄な医療費”という言葉が使われますが、健康食品の市場規模が2003年から毎年1兆円を超えていることを考えると、本当に無駄なのは何かと複雑な思いに駆られます。

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2007年5月31日 (木)

シリーズ医療も命も削られる(1)-後編

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なぜ起こった? 医師不足(後編)

前編では医療にお金をかけない国の姿勢(低医療費政策)が、医師不足の根本原因であることを述べました。

これに対して政府・厚労省は医師の「偏在」を強調し絶対数の不足を認めようとしません。それどころか昨年(2006年)7月に発表された「医師の需給に関する検討会」の報告書では、当初「医師数全体の動向としては、充足の方向にあると考えられる」という原案が厚労省側から提示されていたそうですから驚きです。

御存知の方もあるかもしれませんが、全国の医師不足は研修医制度の転換によって引き起こされているのが特徴です。現場の労働力不足(医師の絶対数の不足)の穴埋めに使われてきた研修医の安易な利用ができなくなったため、何とか持ち堪えてきた医師不足が顕在化してしまったと言われています。厚労省の言うように医師が基本的に充足しているのなら研修医制度が変わったからといって医師不足は起こらないはずです。

最近でも医師不足対策として、やれ地方の中核病院の医師を医師の足りない病院に派遣するとか、医学部の入試に僻地枠を設けて僻地への赴任を義務づけるとか、様々な施策が新聞紙上を賑わしていますが、どれも医師の偏在を前面に押し出した論調です。しかしこの間にも私の住む県でも、県内有数の市で分娩を行う産科が皆無となったり、別な市では医師不足から夜間の救急医療が不可能となり、1時間以上もかけて県都まで搬送しなければならなくなったりと、事態は深刻さを増しています。

では政府・厚労省は何を根拠に医師の絶対数の不足を認めようとしないのでしょう。上記の報告書では次のように論じているそうです。


  • 現在医療施設に従事している医師数25.7万人でその平均勤務時間数週51時間

  • 平均勤務時間数を週48時間にするためには計算上26.6万人必要

  • 差し引き9千人の医師が現在の不足数

確かに僅か1万人弱の不足と捉えるなら、「充足の方向にある」との報告や医学部定員の僻地枠増員(5人程度)による偏在の解消も理解できないことはありません。しかし週51時間を48時間にとは現実離れも甚だしい数字の遊びにしか見えません

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私の所は医師が私一人、看護師さんと医療事務の方をあわせても10人に満たない診療所です。勤務時間を過ぎた場合は職員の方には切りのよいところで帰って貰うようにしており、他にも有給以外に月1回の特別休暇を取って貰うようにしたりと様々な努力をしています。職員の人達にとっては決して過酷な職場ではないと思いますが、それでも週48時間を超すか超さぬかくらいの勤務時間になってしまいます。

私自身で言えば診療時間外は診療情報提供書(いわゆる紹介状)や介護保険の主治医意見書、医療保護や保険の診断書などの書類書きに追われ、その他の法人としての事務仕事(事務長兼職ですので、請求書の整理、給料計算、会計監査の準備や雑多な入出金)も加わるため、週60時間前後の労働時間になります。休日・深夜の呼び出しや頻回の宿直・夜勤、さまざまな会議に追われている勤務医も含めた平均勤務時間が51時間とはとても信じられません

委員の抗議もあって報告書では医師の拘束時間全体を対象にした場合の不足医師数のデータも紹介されていますが、その数は一気に6.1万人に膨れ上がります。しかしこの場合も「休憩時間(実際には患者さんを待って待機している時間)や自己研修(他の分野に劣らず日進月歩の医療の世界です。たいてい夜間や休日に様々な研究会や講習会が催されていますし、2,3日の出張となる学会も趣味で行くわけではありません。)は勤務時間とはみなされない」として切り捨てているそうです。これらの時間も考慮に入れれば不足医師数はもっと多くなるはずです。実際前編でとりあげたように諸外国との比較という視点で見れば、人口1000人あたりの医師数はフランスやドイツの水準になるにはあと18万人、OECD平均の水準でもあと14万人も足りません。

それでは厚労省がかくも「医師は充足の方向にある」と強弁するのはなぜでしょうか。この小冊子では「医師を増やせば増やしただけ医療費が増える」という考えが政府・厚労省の根底にあるからだと断じています。その論拠として以下の2つをあげています。

「94年の検討委員会・最終意見の要約」 「医師数の増加が医療需要を生み出すという傾向は否定できない事実であり、医師数の増加に伴う医療費の増高についての影響は、病院勤務医1人当たり年8,000万円、開業医1人当たり年6,000万円になるという試算もある…国民医療費の激増を招かないためにも、医療の質の確保という面からも、医師過剰状態を生じさせない対策が求められている。」
「98年の検討会報告書」 「医療サービスには市場原理が働きにくく、むしろ『供給が需要を作り出す』側面がある。…医師数の過剰な下にあっては、医療費の増加を経済的に負担可能な範囲内にとどめられず国民の利益を損なうこととなる。」

医療費を抑制するために、医師を増やさないという政府・厚労省の意志が色濃く認められます。それに対してこの小冊子では
医療の需要は、医師が作りだすものではなく、社会が作りだすものです。科学技術の発展、長寿化、格差社会やリストラ社会、あるいは自殺大国など、さまざまな要因で、医療を求める人々が作りだされているのです。
と述べ、医療費の削減から医師数問題を考えるという政府の逆立ちした考えが、日本の医師不足問題の大きな原因になっていると結論づけています。

*次回は低医療費政策の最大の手段として、長年政府が行ってきた「診療報酬抑制」についてです。

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2007年5月16日 (水)

シリーズ医療も命も削られる(1)-前編

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なぜ起こった? 医師不足(前編)

シリーズ医療も命も削られるの第1回目(前編)です。

マスコミで盛んに医師不足の話題が取り上げられ、産科のみならず、小児科、外科、そして救急を受け入れる病院が地域から姿を消していく深刻な事態となっています。それについてこの小冊子では二つの原因を挙げています。医師の絶対数の不足と、その配置や待遇を病院や自治体まかせにしてきたことの二点です。そしてそれらは「医師を増やせば増やしただけ医療費が増える」という政府(厚生労働省)の逆立ちした考えが大きな原因になっていると断じています。

絶対数の不足


  • 政府が長年医師養成を抑制してきた結果、Iryo3医療施設で実際に働く医師数は総数約25万9000人人口1000人あたりで2.0人とOECD加盟国30カ国中、何と27位という低水準となっています。(右図:クリックすると拡大します)
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  • フランスやドイツの水準(3.4人/1000人)になるにはあと18万人、OECD平均の水準(3.1人/1000人)でもあと14万人も医師数が足りません。(右図:クリックすると拡大します)

配置や待遇の不備

産科や小児科、救急医療など24時間体制で容態の急変などへの対応が求めらる分野は十分な費用が保障されないまま今日にいたり、恒常的な不採算部門となってしまいました。費用が足りず十分な人員が配置されないと、当然のことながら医師を始めとする医療スタッフは過密労働となってしまいます。以下はその実態です。


  • 勤務医の1週間の平均労働時間70時間…(国立保健医療科学院調べ)

  • 宿直・夜勤の翌日も勤務する小児科医:全体の7割…(厚労省の小児医療拠点病院全国調査)

  • 小児科医の24時間連続勤務の回数:月平均2.4回(最多は10回)…(同調査)

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このような環境は女性医師を大変働きにくい状況においており、まともに産休や育休もとれず、そのため一度現場から離れるとなかなか復職できないのが現実です。その結果就労している女性医師の割合はOECDの中で統計の出ている26カ国中最下位となっています。(右図:クリックすると拡大します)

絶対数が足りない上に国が十分な費用を手当てしないために、必要な人員が配置できない。その結果の過密労働から限界に達した医師が離れていき、ますます人手不足になる。その悪循環から最終的には病院や診療科の取りやめが相次いでいると言うことです。医療にお金をかけない国の姿勢(低医療費政策)が、医師不足の根本原因です。

この問題に対する政府(厚労省)の対応については後編で述べます。

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2007年5月11日 (金)

神の手

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日本が世界に誇る国民皆保険制度は1961年(昭和36年)に整備完成されていますので、子供の頃しょっちゅう風邪を引いていた私は小学校入学前後からその恩恵を受けていることになります。私はこの国民皆保険制度のなかで育ち、医師となり、その後は保険医としてこの国民皆保険制度の下で20年近く診療にあたってきました。この間私自身も経済的、社会的理由で医療の恩恵に浴せなかったことは皆無ですし、診療を預かる立場からも経済的・社会的理由から病気の方の治療ができず悔しい思いをしたことはありませんでした。今まではそれが当たり前でした。

この間、診療報酬は改定のたびに常に引き下げられ、たとえ同じ人数の患者さんに同じ治療をしていたとしても病医院の収入は減り続けていくことになります。それでも毎日の診療に追われて問題意識にも乏しく、事ここに至るまで何の意思表示もできず、行動もとれずに来てしまったというのが正直なところです。それどころか”国の予算が足りないのだから私たち医者側の収入が減っても仕方がない、病気の人の役に立ちたいと思って医者になったのだから、家族がそこそこに暮らしていけるだけの収入があればまあいいか…”とさえ思っていました。

今でも私はそれで病気の方が、支払い能力の有無にかかわらず、いつでもどこでも診療が受けられる皆保険制度が維持できるのであれば、そして患者さん側の負担が少しでも減るのであれば、診療報酬の引き下げ自体は甘んじて受け入れる覚悟があります。しかるにどうでしょう、患者さんの窓口負担率(診療全体にかかった金額のうち、病院の窓口で患者さんが実際に支払う金額の率)は軽減されるどころか引き上げられる一方で据え置かれさえしていません。今や一般の方はすべてが3割負担、来年からは高齢者まで今までの倍額の2割負担になる始末です。

さらに、やはり来年から75歳以上の後期高齢者(と勝手に厚労省が名付けています)が強制的に加入させられる、民間保険と併用(50-80誰でも入れますなどと言ってさかんにテレビでCMが流されている外資系保険はそのための高齢者囲い込みが目的と聞いています)しなければとても満足な治療が受けられそうにもない保険制度が新たに始まります。混合診療の解禁といい「いつでも、どこでも、誰でもが安心して医療が受けられる」という日本の国民皆保険制度が音を立てて崩れようとしています。

Kateiigaku

ところで以前から民放の妙に不安感を煽るような構成の病気バラエティ番組が気になっていましたが、昨今はやたら”神の手”だとか”スーパードクター”などと銘打った番組が増えてきた気がします。こういう番組を見ていつも思うのですが、まるで世界にその人一人しかそういう治療ができないかの如く演出されていますが、果たしてそうでしょうか。もちろん私のような凡医とは較べるべくもないですが、この広い世界、否、狭い日本でさえ同様の腕をお持ちの”スーパードクター”は少なからずおられるはずです。またそうでなければ駄目なのです。医療は万人のための科学であり技術であって、秘伝や魔法ではありません。どんなに超絶の手技を身につけていてもそれが少数のものに独占された門外不出のものであっては何の役にも立ちません。

もちろんテレビで紹介されている”スーパードクター”もそのことは十分知っておられてその手技の普及や後進の育成に余念がないこととは思います。テレビがことさら”スーパー”だとか”神の手”だとか言って強調するのは、高額の患者負担が前提の、少数のハイクラス向けの医療の存在を許す新自由主義的な考えを植え付けようとしているのではないかと勘ぐってしまいます。テレビに絶望している私の疑心暗鬼に過ぎなければよいのですが…。

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2007年5月 8日 (火)

シリーズ医療も命も削られる(序)

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全国保険医団体連合会(保団連)の雑誌「月刊保団連」1月号の臨時増刊「医療も命も削られる」はA5判30ページの小冊子ですが、現在の医療現場のおかれた状況をわかりやすく解説してありとても参考になります。お近くの病院や診療所の待合室に置かれているかも知れませんので、是非一度御覧下さい。また保団連(TEL 03-3375-5121 FAX 03-3375-1885)やお住まいの都道府県の保険医協会で一冊150円で購入できると思います。(と書いたのですが、あめんほてっぷさんから保団連のHPにPDFがあることを教えて頂きました。手っ取り早く見てみたい方はそちらのほうをどうぞ)

全部で7章からなりそれぞれの章題は下記の通りです。


  1. なぜ起こった? 医師不足

  2. 保険診療と診療報酬

  3. 医療を削る

  4. 低い医療費、高い患者負担のからくりは?

  5. 医療を削る背景には

  6. 財政赤字が大変?(プライマリーバランス論のウソ)

  7. 患者負担ゼロなど医療の給付を拡大するにはいくらかかる?


図版や内容を引用してもよいとの了解を得ましたので、これから何回かにわたって御紹介しようと思います。できるだけ分かりやすくかつ簡潔に書くことを心がけるつもりです。
まず手始めに表紙裏の前置きをそのまま引用します。
「産科施設が激減!」
小児科も、外科も、救急も…

 医師不足による医療機関の廃院や診療科の閉鎖が深刻な社会問題になっています。「産科が相次いで閉院。市外まで行かなければ出産できない」「50キロ離れた産科医院に救急車で移動中、車中で出産した」。02年に全国6000カ所とされていた産科医院ですが、実際に分娩を行っているのは3000カ所になっていることが05年の学会調査で明らかになっています。その後も「産科医師が足りず、安全性が保てない」「採算がとれない」などと、分娩を取りやめる産科医療機関が続出しています。産科にとどまらず、小児科、外科、救急を受け入れる病院などもどんどん地域から姿を消しています。
 日本の医療制度は大きな歪みを持っています。政府が長年医療にお金をかけなかったため、日本の医療費は、先進7カ国で最低水準になっています。その一方、患者負担は先進国一高くなっています。
 私たちはこうした、医療にお金をかけない政府の姿勢を「低医療費政策」と呼んできました。
 この冊子では、この低医療費政策がもたらした様々な矛盾や問題点を見ながら、日本の医療について考えていきたいと思います。


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2007年3月24日 (土)

タミフルその後

Tamiflu

ようやく少し落ち着いてきましたが、まだまだインフルエンザが猛威をふるっています。私の診療所では全外来患者さんの10%前後がインフルエンザなどという日が毎日のように続いていました。少ないように思われるかも知れませんが、救急病院とは違って慢性疾患の方が大部分を占める毎日の外来で、呼吸器や消化器の急性疾患や外傷の患者さんの割合というのは普段は数%くらいです。ですからインフルエンザの方が10%前後になるともう朝から晩までインフルエンザの診療ばかりをしている感覚になってしまいます。
前の記事で私の所では異常行動は一件も経験していないと書いたばかりですが、先日インフルエンザの診断をした10代の小学生の女の子のお母さんから、昨年タミフルを飲ませた際に”絨毯の留めピンを次々に引き抜く”という異常行動があったことをお聞きしました。一方今回タミフルを処方しなかったインフルエンザの中学生の男の子のお父さんからは、”大声を出して壁を叩いて大変だった”ということを後日お聞きしています。
タミフルを内服した方、内服していない方の異常行動をそれぞれ1例ずつ経験したわけですが、こんな僅かな例からはタミフルと異常行動の関連について末端の開業医の私のレベルでは到底判断がつきません。早く厚労省の追加調査の結果が出て、異常行動についてタミフル服用者と非服用者の間に有意差(統計学的に明らかな差)があるかどうかをはっきりさせていただきたいものですが、結果が出るのは夏頃とのこと、途方もなく先です。
そして研究班の複数の教授の講座に販売元の製薬会社から多額の寄付金が来ていることも明らかになりましたが、これでは調査結果を胸を張って患者さんに説明できるわけがありません。この業界に限らず献金なんていうのは結局何らかの利益誘導に意図的或いは結果的に結びつく可能性が高いのですから、もういい加減にやめて貰いたいです。そんなにお金を払いたいのなら自らの税金を上げて貰う運動でも始めて下さい。

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2007年3月 6日 (火)

タミフル

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タミフル(リン酸オセルタミビル)内服後の若年者の異常行動が取り沙汰されています。突然高い所から飛び降りたり、裸足で家を飛び出して車に撥ねられ命を落とすなどという痛ましいニュースも目にします。皮肉なことにこの件が盛んに報道されるようになった頃から、私の所ではインフルエンザの患者さんが急激に増え始め、タミフルの処方を考慮する機会に多々直面するようになりました。厚労省からは2月28日付で、
特に小児・未成年者に関してはインフルエンザの診断・治療開始後にはタミフルの処方の有無を問わず
1.異常行動の発現のおそれについて説明すること
2.少なくとも2日間は一人にならないよう配慮すること

という通達が届きました。「タミフルの処方の有無を問わず」という所がみそですが、タミフルとの関連性を匂わせる報道がなされてからの通達ですから、少なくとも小児や未成年者に対してとても納得のいく説明をしてこの薬を処方することはできません。現在私は小児や未成年者への処方は中止しており、成年の場合も患者さん自身に決めてもらい、迷っている方には処方しないようにしています。

御存知の方も多いと思いますが、タミフルは添付文書上はインフルエンザの症状発現から48時間以内に使用した場合のみの有効性がうたわれています(それ以降の場合は「有効性を裏付けるデータは得られていない」という書き方になっています)。一方予防投与も認められており(但し保険外)、この場合はインフルエンザウイルス感染症患者に接触後(即ち感染後ということになりますか…)2日以内に投与を開始することが条件なっています(こちらの方もそれ以降の場合は「有効性を裏付けるデータは得られていない」という書き方になっています)。インフルエンザの感染から発症までの潜伏期間が24〜48時間程度といわれていることからすると、極めて短いチャンスにしか処方できない薬というわけです。

タミフルが登場する2001年までは、インフルエンザには手も足も出ず「台風の時のように、じっと身を屈めて通り過ぎるのを待ってください。」としか患者さんには言えませんでした(シンメトレルという薬もありましたが、いろいろな意味で使いづらい薬でした)。「この熱を何とかしてくれ」、「この痛みをどうにかしてくれ」と来院する患者さんに対して、何もできないことほど医者にとって辛いことはありません。効果のある薬や治療法があればこれもしてあげたい、あれもしてあげたいというのが正直なところです。タミフルは待ち望んでいた薬で、実際インフルエンザの定番薬として社会的にも定着し、患者さんの方から言及されることも希ではなくなりました。今年もすでに私の所では60有余名の患者さんに処方しています。小児科は標榜していませんので小児は少ないのですが、それでもこの6年間にかなりの数の未成年者にも処方してきました。幸い私が把握している限りでは異常行動を含めて副作用は一件も経験していません。経験上は比較的安全な薬だと認識しています。

一般に薬剤は使用例が増えれば増えるほどいろいろな副作用がクローズアップされてきます。今回の異常行動がタミフルそのものの副作用なのか、インフルエンザの精神症状によるものなのか(先ほどのシンメトレルはタミフルと作用機序が違いますが、やはり自殺企図の警告が添付文書にあります)、一介の開業医である私には判断不能です。ついでに言うと何故日本だけタミフルの使用量が突出して多いのかとか、日本の一般的な処方薬の薬価が海外と比べて割高なのかどうかなどということも私には判断する手だてがありません。

インフルエンザに対する抗ウイルス薬にはもうひとつリレンザ(ザナミビル水和物)という薬もあります。現在注文が殺到して品薄状態と聞きました。一日薬価はタミフルより少し安かったと思いますが、吸入という方法が敬遠されるのか患者さんの評判はもうひとつのようです。その吸入という患部への到達方法が故に効果発現も早いようですし、また副作用の発生も少ないかも知れません。ただ作用機序はタミフルと同じと思われるので使用症例が増えてくればどうなるかわからず、今のところはタミフルと同列に対処するつもりです。

当分の間はタミフルの効果(平均4〜5日といわれるインフルエンザの症状の強い期間を約1.5日短縮すると言われています)とその有効な使用開始時期、異常行動に関する注意などを一生懸命に説明する毎日が続きそうです。

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